第8章 アナログ情報とディジタル情報

 日常の社会生活では、情報を人に与える(伝達する)、また逆に人から情報を得る(収集する)、という活動が必須であり、この活動を中心にして社会生活が、営まれていますよね。

 第3章で述べていますように情報科学の分野では情報のかわりにメッセージという用語がよく使われているのですが、ここでは一般社会に、親しみのある「情報」を、そのまま用語として用いることにしましょう。

 情報は、一般に、

  1.  アナログ的情報
  2.  ディジタル的情報
の二つに分けることができます。

 アナログ的情報の具体例としては、図1に示したように映像情報(画像情報)、音楽情報、音声情報のように振幅値がアナログ的に(連続的に)変化し、時間的に切れ目のない時間波形、をあげることができるでしょう。

 一方、ディジタル的情報とは、図2に示したようにA、B、C、…、Z、0、1、2、…、9のような文字、記号の情報あるいは晴、くもり、きり、雨、‥‥などの天気に関する情報等々の、いわゆるディジタルな(離散的な)形の情報のことをいます。

 例えば、車窓から見える自然の風景の中には、看板の文字や、交通信号、道路標識などのディジタルな情報も目に入ってきますけれど、ほとんどの風景はアナログ的な情報です。




図1

図1.アナログ情報の例



図2

図2.ディジタル情報の例



情報と社会生活

 社会生活の中で、情報がどのように収集され、また、伝達されているかを、ブロック図で表現すると図3のようになります。



図3

図3.情報通信・情報記録システムのモデル




 日常における情報収集活動において、アナログの情報を直接目で見、また、直接耳で聞くことが、次第に少なくなってきていることに、気付くでしょう。

 例えば、その日に起こった情報は、通常、テレビのニュース番組、PC、スマートフォンなどを通して獲得しています。また、劇場に足を運んでオペラを鑑賞したり、芝居を観劇したりするかわりに、テレビの中継、あるいはビデオテープ、CD、DVD、HDD等を通して鑑賞する機会が、昔に比べ遥かに増えています。

 バラエティに富んだ生活に思えますけれど、 “生(なま)”の良さだけでなく、劇場や野球場における観客、あるいは寺院の中での聴衆との一体感のようなもの、余韻、人間的な触れ合いといった目に見えない大切なものは失われてしまっているでしょう。

 情報伝達に関して二つの本質的な制約があります。すなわち、

  1. 時間的制約
  2. 空間的制約
です。

 (1)の時間的制約とはなまの音声情報、なまの音楽情報、あるいはなまの映像情報(画像情報)等は一般にある時間内に存在だけで、時間の経過とともに消滅してしまう運命にあるという制約です。

 例えば、ある有名なオーケストラが、夜八時から一時間だけ演奏する“生(なま)の贅沢な情報”を楽しむことができるのは、音楽会の会場に出向いた聴衆だけであり、しかもこの生(なま)の情報は、この演奏の時間帯に存在していただけでオーケストラが奏でた美しい音は永遠に消滅してしまいます。芸術作品として美術館で展示されているような絵画であっても、数百年、数万年経てば変色しやがてもとの絵はすっかり消えてしまうでしょう。これが情報伝達に伴う時間的制約です。レコードや映画が発明される前にはこの制約をまぬがれることはできませんでした。

 時間的制約を克服する最も有力な手法は、電子工学的な手法で、情報をメモリにいわば缶詰めとして記憶させることです。メモリには、レコード、コンパクト・ディスク(CD)、ディジタルヴァ-サタイル・ディスク(DVD)などがあり、私達は日頃、これらのメモリに記憶された音楽や映画を楽しんでいます。また、パソコンなどに使われていて馴染みのあるメモリとしては、ハードディスク(HD)、フラッシュメモリ等があります。

 しかし、昔は劇場で一回きりしか聞くことができなかった美しい声楽を、毎晩、居間あるいは枕元で再生できることは、実態とはかけ離れた声楽家あるいは作曲家の像を心の中に形づくっていくことになるでしょう。
 私達は、一度は立ち止まって、このことについて考えてみなければならないでしょう。

 (2)の空間的制約とは、興味の対象となった“なまの情報”が、数百キロ、あるいは数千キロ以上離れていて、残念なことに直接に目で見、耳で聞くことが困難なことをいいます。
 この空間的制約を克服するための最も有力な手法は、通信工学的な手法によるものです。例えば、電話、テレビ、スマートフォンなどの通信技術が、このために役立っています。

第8章参考文献

  1. 笠原正雄:“情報技術の人間学”,電子情報通信学会,コロナ社(2007-02).

   



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